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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)23号 判決

原告 服部善一

被告 特許庁長官

主文

昭和二十八年抗告審判第一四一七号事件について、特許庁が昭和三十一年五月十八日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和二十五年八月三日、その発明にかかる「静電的茶葉撰別方法」について特許を出願したところ(昭和二十五年特許願第一〇一二七号事件)、昭和二十八年七月三十一日拒絶査定を受けたので、同年九月三日これに対し抗告審判を請求したが(昭和二十八年抗告審判第一四一七号事件)、特許庁は昭和三十一年五月十八日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月二十六日原告に送達された。

二、原告の右発明の要旨は、「木茎混入茶葉の吸湿過程に於て、茶葉と木茎の異なる吸湿速度によつて電導度の差を生ぜしめ、これらに定方向電位を作用させて、茶葉或は木茎に荷電を与えて、任意一種類の電極に分離撰別することを特長とする静電的茶葉撰別方法」である。

審決は、原告の発明の要旨を右同様に認定した上、「昭和三十年十月十四日実地検証を行つたところ(中略)その作用効果が認められず、更に抗告審判請求人(本件原告)の希望に基づき抗告審判請求人のみによつて行つた再実験報告書によるも、(中略)先の拒絶理由通知(本願の発明は未だ所期の作用効果を達成するものとは認められない。)通り、本願のものは、特許法第一条の特許要件を具備するものと認めることはできない。」としている。

三、しかしながら、審決は、次の理由により違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  昭和三十年十月十四日行われた実地検証において得た実験結果の原料茶葉部の分離分、木茎部の分離分の分離率について、特許庁における算定方法すなわち葉部又は木茎の飛び出量と残留量の算定について、明らかに誤解と認められる点がある。そればかりでなく当日はあたかも大雨日であつて湿度九六%に及び本実験のような吸湿現象に伴う電導度の差を利用する実験には最悪の気象状態で、かかる不適当な条件における実験では、当然に適正な結果を得られないことを主張したにかかわらず、当日の実験結果を基礎として審決をなした。

(二)  原告の申出により昭和三十一年四月十四日先の実地検証と同一の条件(但し天候は快晴であつて、室内湿度も六六%)の下に行つた報告書記載の結果を不当に曲解して、これを審決に援用した。例えば実験(9)においては、原料茶より木部分を反撥分離せしめたものであつて、木部分の含有最大となるのは当然であるのに、審決は「前回の実験(9)に相当する今回の実験の木部分の分離率は、前回のそれよりも遥かに木の含有率が大となつており、本願発明の作用効果の存在を否定する有力なる根拠を付加する証左である。」とこれを全く逆に解釈している。

これを要するに、原告の本件発明は、実験によるも十分にその作用及び効果を立証し得たにもかかわらず実験結果の不当の曲解により、当然新規な発明を構成する本発明を、特許法第一条の要件を具備しないとなした審決は甚だ失当であるといわなければならない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実はこれを認める。

二、同三の主張はこれを否認する。

(一)  昭和三十年十月十四日特許庁が行つた実地検証において得た実験結果について、特許庁の算定方法に誤解があるとは解されず、また当日雨天であり、湿度が比較的高かつたことは考えられるが、検証をなした室の湿度は不明であり、またその高湿の程度が実験結果に著しく影響するという具体的な証明はないから、湿度が高かつたから直ちに実験結果は信用できないとはいわれない。

(二)  昭和三十一年四月十四日付実験報告書には、「実地検証の場合の実験(9)に相当する。」との説明があるだけで、「今回の実験においては、原料茶より木部分を反撥分離せしめたもの」というような、前回の実験(9)とは異つた方法を採つたと認められる記載はないから、審決がこれを本件発明の作用効果の存在を否定する有力な根拠を付加する証左と認めたのは当然である。

第四(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、(一) 右当事者間に争のない事実並びにその成立に争のない甲第一号証(本件特許願)及び甲第五号証(訂正明細書)を総合すると、原告の本件特許請求の範囲は、「木茎混入茶葉の吸湿過程において、茶葉と木茎の異なる吸湿速度によつて、電導度の差を生ぜしめ、これらに定方向電位を作用させて茶葉或は木茎に荷電を与えて、任意一種類を電極に分離撰別することを特長とする静電的茶葉撰別方法」でありその明細書中「発明の性質及び目的の要領」の項には「本発明は乾燥された木茎混入茶葉の吸湿現象中の吸湿過程において、茶葉木茎がほぼ一定の同一含水度に到達する間の吸湿速度は、木茎が速く吸湿し、茶葉はこれに比較して遅いこと及びその結果、前記同一の含水度に達するまでの間には、茶葉と木茎との間には、含水度に明確な差を生じ、かつこれに基く電導度に差を生ずることを認知し、この事実を利用して、このような状態にある木茎混入茶葉に、適宜な定方向電源よりコロナ放電装置又は接触による充電装置を介して、電気的不導体状の茶葉と、比較的良導体状の木茎のうち、いずれか一種類に荷電を与え或は一種類の荷電を取り去ることにより、茶葉木茎間に静電分離に必要な電気的差異を作り、これに茶葉或は木茎と異極性の定方向電位を給電された電極を作用させて、任意一種類を分離吸着して撰別する静電的茶葉撰別方法にかかり、その目的とするところは、従来の電気茶葉撰別装置では撰別不可能であつた種類の木茎混入茶葉又は吸湿茶葉をも簡単な方法及び作用により、更に精細な撰別を行わんとするにあり。」と、また「発明の詳細なる説明」の項には、「本発明は、茶葉木茎の植物体組織の差、すなわち茎は木質にて多孔質な組織であるのに対し、茶葉は極めて緻密な表皮細胞組織にて構成され、加うるに、内部の葉汁が加工工程中に加えられる圧力のため表面に滲出し、これが乾燥工程を経た後の表面は、木茎に比して密度が大になると考えられる。その結果これら木茎混入茶葉を適宜な湿度を有する容器中に、又は開放された大気中に放置するときは、その表面の組織、密度の差によつて、両者の間に吸湿速度に差が生ずることが認められる。(中略)これらの事実を利用して、適宜の高電位の電源より定方向電位を給電された放電櫛のコロナ放電により、茶葉木茎の双方に同時に荷電を与え、絶縁度の高い茶葉に荷電を残し、電導度の大なる木茎の荷電を消滅させる如き手段により、茶葉と木茎の間に荷電の差を作り、茶葉と異なる極性に帯電された蒐集電極をこれに作用させることによつて、茶葉を分離撰別し得る静電的茶葉撰別方法で、場合によつては、移送帯等の帯電体面に茶葉木茎を接触させて、絶縁度の高い茶葉には殆んど荷電を与えず、電導度の大なる木茎に多量の荷電を与えて、これを分離吸引し撰別し得ることはもちろんである。上述せる如く本発明の茶葉撰別方法は、在来の如き含水量二~四%の極めて良好なる乾燥状態の茶葉と木茎に相互摩擦により、その帯電列の順位で、茶葉に自然に陰性、木茎に陽性の摩擦帯電現象を生ぜしめ、これに陽性電極を作用させた場合に茶葉を、又陰性電極を作用させた場合に限り木茎を撰別する方法とは全く異り、撰別の要素たる茶葉木茎に異つた極性又は量の差を作る手段として、木茎混入茶を約一五%の含水度に達する間の吸湿速度の差の最大なる時すなわち約六ー八%の含水量の時の電導度の差を利用し、かつ蒐集電極の極性は、前記のように、茶葉の分離には陽性を、木茎の分離には陰性を等の制限はなく、人工的に電源により茶葉或は木茎に陽性を与えた場合には、蒐集電極は適宜の電源より陰性に、又茶葉或は木茎に陰性の荷電を与えた場合には、蒐集電極には陽性を帯電させることにより、茶葉或は木茎を分離撰別し得る点において根本的に異る(以下省略)。」と記載されていることが認められる。

(二) 当裁判所が原告の工場においてなした検証による実験の結果と、その成立に争のない甲第六号証(特許庁が抗告審判においてなした検証調書)並びに原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認める甲第七号証(原告自身による実験報告書)とを総合すると、(イ)吸湿過程における茶葉と木茎とは、その電導度を増す早さを異にし、茶葉は遅く、木茎はこれよりはるかに早いこと。及び(ロ)このように電導度の異つた状態にある木茎混入茶葉を、本件明細書実施例に記載された方法によつて撰別すると、その結果区分された部分における茶葉及び木茎の含有率は、原料茶におけるそれに比較して、はるかに大きくなつていることが認められる。してみれば、本件出願にかかる発明は、前記明細書に記載されたような作用効果を有するものと認定するを相当とし、これを覆すに足りる資料はない。

三、以上の理由により本件出願にかかる発明は未だ所期の作用効果を達成するものとは認められないとした審決は違法であつて、原告の本訴請求はその理由があるから、右審決を取り消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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